BluePandaria 住人、maruのうた

何かがまとまって 詩(うた)が生まれた時。 ブルーパンダリア、 maruの世界へ。

タグ:いのち

明日のウタウタイは20時頃から錦にありますAngel barにて。
詳しい場所などは此方http://tabelog.com/aichi/A2301/A230103/23000607/

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3月11日です。あれから5年。。
私が現地にお邪魔させてもらってからも3年が経ちます。
以下ご参照を。

http://maru-no-kokoro-uta.doorblog.jp/archives/2454090.html
http://maru-no-kokoro-uta.doorblog.jp/archives/2454113.html
http://maru-no-kokoro-uta.doorblog.jp/archives/2454468.html

一昨日、同級生の訃報も届いたりして、
やっぱり突然、予期せずやってくるものに備える術は、

毎日、自分自身を万遍なく活きることしかないのかなぁと。。。

努めたとて、上手くいかないとこもしばしばですが、
努めた証は何かしら、遺していけるはず。

だから、私は拙い唄をうたい、拙い絵を描く。

「maru」を表現するというのは、きっと其処にあるのだと。

“音楽をしている”
“絵を描いてる”

そういうことではなくって、、、
“呼吸”であり、“血肉”であり、
まとまって

“いのち”なのです。

怖いこと言っているかしらん?(笑)

ニュアンスが伝われば幸いです。

明日の夜もお待ちしています。
お店の復興支援イベントでキャンドルだけの灯り。
いつもより、もっと暗い空間。
だから、私のartも引き立つはずです(笑)
来てね。

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冗談でなくてね、命を削りませう。

そう、毎日が命懸け。

2016.03.10
maru

◉歩幅◉
http://vimeo.com/m/74498301

The Yellow Monkey というバンドの
JAMという私の中で、かなりの名曲があります。

初めて聴いたときの衝撃は
今も覚えていて
その当時、幾つだったかスッと分からないけれど

歌詞の一節に、驚愕し、不思議な気持ちになりました。

“外国で飛行機が落ちました
ニュースキャスターは嬉しそうに
乗客に日本人はいませんでした、
いませんでした、いませんでした”

今、東京へ向かう新幹線の中で
テロップのニュースを読んでました。

今回のパリでのテロ、
巻き込まれた日本人はなし

と。。。

ニュースキャスターが嬉しそうな表情だったのかは
定かでもなく
報道の在り方に、どうこう言うことではなくて

日本人であろうがなかろうが
一つの命が、確認されるだけで120以上
失われてしまったのは事実で

私も、こうしている今、
会いたい人に会うことが叶うのかと
不安になっています。

“有難い”

と思うことを、もっと
たくさんの人に刻んでほしいと願います。

仕掛けた人たちの思考は分からないけれど

誰かを死なせるために、
誰かに死へ追いやられるために
生まれてきたのでは
ないと信じたいんです。

未還成
のまとめの途中なのですが

私の伝えたいものが
無力で無意味なものに思えたりもして

言葉にまとめておこうと綴りました。


私は、とにかく今を生きなければ。。。


今夜も、ありがとうござゐまる。m(_ _)m
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2015.11.14
maru

最新曲にして、久しぶりのライヴ動画です。
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鮮度満点のmaru^_^
いっぱい聴いて欲しいです。

http://youtu.be/5wFDMErdP6s

◉「終始符」◉

もしも私が生まれてこなければ
世界は どうだったろう?
きっと きっと 変わらないでせう

もしも あなたが 生まれてこなければ
今日も 明日も
きっと きっと 消えてしまうでせう…

悲しみは解き放て未来へ
泣かないで また会えるから…

見えない何かに怯えてる
見えてる何かにも怯えてる

キミと約束したね?
とおい とおい お空のむこう

悲しみは解き放て未来へ
泣かないで また会えるから
泣かないで 笑顔のままで
笑っていて

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冒頭。
“わたし”の存在を卑下しているのではなくて
大切な“あなた”在りきの“わたし”ということを強く訴えたくて、作詞しました。

“わたし”がいることより“あなた”がいることの影響力の大きさを
対比することで、より深く伝えるために。


始まって、終わって、
始めて、終えて……

命や人生の循環をイメージしています。
大きな大きな宙を舞うヱン。

受け取り方の自由を狭めたくもないし、
あまり想像を限定したくないから書くか迷いましたが。。。


死んでしまって棺の中から思う最期の言葉というか、
別れを惜しんでくれる人たちへ
先を逝く者からの餞として。

そんなことを、いつものように妄想しております。


“わたし”でも“あなた”でもない“キミ”を登場させたのも
色んな人との繋がりや縁を、
目に見えぬ関わりを連想させたかったんです。

共存していること
死が終わりではなくて、次世代への始まりになるということ

漠然としているけれど、
受け継がれるものへの尊さが、
時代にも、その瞬間にも、しっかり刻まれるように。

旋律はどこか、もの悲しい聴こえかもしれませんが

そこも相変わらず、想いは前向き!!
ポジティブソングでっす(笑)

ひとつ、ひとつの区切りとしての「終始符」。

皆さんにとっての目標(めじるし)代わりにしてもらえたら嬉しいです。

8月15日のとこ、お盆であることも
必然と、この作品の糧になっています。
自覚はなかったけれど
後で気づかされたといいましょうか。

この時分に向かい合うべき過去の出来事や
古来からの行事、習慣においても、
妄想力、掻き立てられました。

悪循環に歯止めをかけるためにも、去り行くしか出来なかった魂に、
幸せを願って祈ってもらっているのだと信じていたいです。


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ピアニスト、KIXIにアレンジしてもらって自由に唄っておりまる♪
この日の空間と、互いの呼吸で、本番で完結したというか^_^
アドリブ祭りでした(笑)
歌詞の前後ありますが、そこは、ご愛嬌!!

KIXIちゃんの思いも、しっかり音に混ざってます。
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より多くの方に届きますように♪
いつも、ありがとうござゐまる
m(_ _)m

2015.08.12
maru

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